服を脱いだ日(犯罪被害者の手記)

わたしは騙されやすい女だと、人は言う。
憎い男がいる。憎んでも憎みきれない男。
夏が来た。あの日も、とてもあつい夏のことだった。

ひきこもりのわたしはタロットや占いの勉強を1人で暗い部屋でしていた。インターネットでタロットの教室を見つけた。幸い、住んでいるところも近く、友達を作ったりできるかもしれないし、何より勉強のために、電話をしてすぐ行くことを決めた。まさかあんなことになるとは思わなかった。
指定されたマンションに行くと、20代らしいが、それより若く、いや幼く見える、ボーダーのシャツを着た女が迎えに来る。わたしはエレベーターで5階位のところにあがり、その男と会った。
玄関には、確か水晶ややさしい仏様のような絵が飾ってあった。香の匂いもする。取繕われた空間。男はいそいそと部屋の奥から出てきて、軽く挨拶をした。優しそうな男、という第一印象。男と、有名人と一緒に取られた写真が飾ってある。この人はこう言う人で、と自慢げに男は解説をした。なんとなく、この占い師、すごい人なんだな、と思った。

案内してきた女と、その友人、そして例の男とタロットの話をした後、謎の祈祷に参加させられた。怪しげな神棚を前に祝詞を唱える。お布施で千円取られたがなにも言わなかった。よくわからないまま唱え続けた。怪しいとか、怖いとか言う感情はなく、まさに郷に入っては郷に従え、と言う感じで。後々わかったことだが、男は宗教に入っていたらしい。
男の家で生徒達の手作りの夕ご飯を食べ、宗教のビデオを見ながら除霊の話や守護霊の話をした。わたしの習い事の先生がそう言う話をよくしていた方で、そう言うのに抵抗はなく、わたしは未知の世界になんだかすごいなと思いながら話を聞いていた。午後11時を回った頃、私には霊が憑いているということで1人、マンションの一室に残された。案内してきた女や、その友人達はとうに帰っていた。

霊が憑いている。除霊をしなければならない。
そう言うと、男はわたしに服を脱ぐように、シャワーを浴びるように促した。
わたしはなんの抵抗もなく服を脱いだ。シャワーを浴びた。なにも疑問に思わなかった。むしろ霊が憑いているという、そのことが恐怖だった。はやく診てほしいと、ただそれだけ。
裸を触られる。さらに、カメラ越しに霊が映るというので、素足で、言われたままに足を広げる。体を舐められる。目を瞑るように言われ、キスをされる。わたしは必死で耐えた。ものすごい嫌悪感に襲われた。気持ち悪かった。けれど、これは除霊に必要なんだと。こうするしか、わたしは幸せになれないんだと。やっと幸せになれるんだと、自分に言い聞かせる。嫌になって帰ろうとすると、手を掴まれ、怒鳴られた。逃げることができなかった。これ以上何をされるかわからなかった。翌朝、男の赤いスポーツカーに乗って帰った。

当時付き合っていた彼氏に、そのことを話すと警察に突き出すように言われた。
男は裁判にかけられ、懲役2年ほどという刑に決まった。あの日から一年以上、経っていたと思う。
長々と続く警察の取り調べは辛かった。なぜ、その男を信じたのか。なぜ、服を脱いだのか、しつこく問われ続けた。わたしはこれが犯罪ということがわからずに、洗脳された頭がからっぽなまま、あやふやな答えをぽつりぽつりと言うだけで、何故あんなことになってしまったのか、何がいけなかったのか、とひたすら自分を責め続けた。
捜査が進むにつれて、犯罪の被害者が次からボロボロと出てくる。わたしが犯人を突き出さなければ、何人も被害者が泣き寝入りしていたと、犯人は同じ手口で、セックスまでしてしまった女の子もいたのだと、聞いた。
犯人に向けての手紙を書いた。もう内容は忘れてしまったけれど(ここに書ければ良かったけれど)、10枚書きなぐった。悔しかった。ありきたりな言葉だが、普通の女でいたかった。普通に仕事して、普通に恋愛して、という将来をなんとなく思い描いていた。犯罪の被害者になるなんて思っても見なかった。犯罪被害者という透明な看板をぶら下げている。誰もわたしのことをしらなくても。
思っていた未来とは違う現実を見ている。

うつ病のこと。騙されて風俗で働かされたこと。犯人にはすべて悩みを打ち明けた。すべての悩みが霊のせいと言うから。つらかったことばかりだったから、洗いざらいすべて話した。
でもそれは違った。自分の人生に責任をもっていなかっただけ、ということに気づいた。何かのせいにしたかったせいで、こんな目にあった。後悔した。すごくかなしかった。大切なものを取られてしまったような、何か失ってしまったような感覚に陥った。
何も疑問に思わなかった。カメラで陰部の写真を撮られていたことも、男が薄汚い下心からわたしのからだをなめたことも。すべて、ほんとうに除霊のために必要なんだと思った。ただそれだけ。騙されやすい人は純粋なのだと人から言われた。白いものは、すぐ黒ずんでしまうのだと。恥ずかしい。そんなこと言わないでくれ。すべてなかったことにしたい。その後、わたしはその町から離れひっそりと暮らしている。犯罪にあった過去は消せない。消せないまま、1人の女をやっている。ふりをしている。消費された体の、見えない傷を消せないまま。なんでもなかったことだよ、と自分を慰める。シャワーで体を洗い続ける。もうあんまり覚えていないんだよ。女がボーダーの服を着ていたことくらいしか。

洗脳

すべて洗脳だ。学校の教育も、テレビから流れる映像も、ネットの海に漂う情報も、すべて洗脳だ。

洗脳が恐怖である。染まられる。染み込んで、私がわたしでなくなる。受け入れられない。すべて拒絶した。

自分の世界に閉じこもっているのは気持ちいい。自分の世界だけで完結している。

 

閉じこもるのをやめたい。けれど、洗脳されるのが怖い。誰か部屋から救い出して。

(それは)そうとうつうつ日記

今私の目の前に、食パンが2枚並んでいる。これを食べるべきかどうかで悩んでいる。そのぶん何も楽しくないし何も感じられないまま過ごすことになったとしても、何も考えず何も食べず生きられたらいいなあと思っていた。と言うか自分にものをたべる権利すらないと思っていた。何をするにも面倒だし、このまま死ねたらいいなあ、とか客観的に言うと暗いと言われるであろうことを考えたりしていた。数時間、一日くらいは耐えられるのだが、まず、数日後にお腹が空くと言う欲求が始まる。だんだん無視できなくなりそして欲求を満たすための行動が始まる。そうしつつ、その欲求を満たす行為ですら面倒と思っている。死ぬには固い意志が必要なんだなとパンをかじりながらなんとなくわかった。そしてそうすべきではない行為、と言うのをなんとなく本能で感じた。あとあいつらのために死にたくないなあと思った。正直すごく切羽詰まっていたしいろんな方法を試そうとした。

引きこもって全て思想と欲求を閉じ込めていたある日、つい目にし(てしまっ)た漫画が面白くて生きようと思った。中島らもが言うところの「その日の天使」である。そうやって生きてきたし多分これからもそうなんである。でも、未だに食パンを無理して食べるのと、生きるほうを選ぶのどっちがいいのだろうと言うことを考えたりする。でもこれは暗い思考でも悲観でもなく冷静な諦観と呼ばれるヤツなのかもしれない。私には悪魔がいる、もしかしたらパンが、私が、悪魔?なの?かも???しれない??????

忘却の果てには

今日もテレビの明かりだけでこれを書いている。

昨日のことを思い出してみる。スーパーに行ったことは覚えている。彼がお惣菜を買ったんだった。友達とバラを見に行った。それ以外のことは、なんだっけ。何をして何を考えていたんだっけ。

これを私にとって忘却することは恐怖であるけれども、忘却したことすら忘却していたことに気がつく。思い出せるならまだしも、なぜか一ヶ月間記憶が抜けていた時期があって(撮った覚えのないプリクラで思い出した、医師はそれを解離と呼んだ)、それ以来日記を欠かさず書いていた。もともと生きていることに執着がないからか、普段から生きている感覚が薄い。思い出せない過去があると、自分の存在を認識することすら危うくなる気がしてこわい。忘却の果てには何が待っているのだろうか。その状態は苦しいのだろうか。それともいっそのことそうなれた方がシヤワセなのだろうか。

おカネとか、政治とか、宗教とか、セックスとか。薬のせいか、深く考えることができなくなってしまった。それで、どんどん時間だけが過ぎていきどんどん色々なことを忘却していく。メモを取ることすら忘却するし、メモを取るということに頭が回らないのでいよいよ存在が危うくなってきた。目の前がぐるぐるする。思い出や過去や現実を確実に記録してそれがあったことにしておきたい、ということにしがみついておきながら、忘れたい、ともしかしたらそう思っているのかもしれない。忘れるために薬を飲む。忘れることで、肩の荷が下りると大人たちは言うけれど。

わたしの部屋に入ってこないで(さーちゃんの日記)

さーちゃんは何でも欲しがった。ピアノ、大きいくまのぬいぐるみ、それからわたしの顔。さーちゃんはゴミ箱になりたい、とよく言っていた。まーちゃんになれないのなら、ゴミ箱になりたいって言ってた。そんなさーちゃんは大人になった。ヒールを履いて、髪をくるくるにして。欲しい男、すべて手に入れて。わたしとは別人。美人になった。でも、さーちゃんはわたしにはなれなかった。わたしもさーちゃんになれなかった。さーちゃんはバービー人形みたいだった。わたしはリカちゃんのままで、プラスチックの体に幼い精神を閉じ込めたままなのに。

さーちゃんの部屋は特別だった。さーちゃんの好きなぬいぐるみでいっぱいで、お嬢様みたいだった。さーちゃんの部屋には薄汚れた大きなくまのぬいぐるみが、まだおいてあるかな。ぼさぼさの髪のバービー人形が、あるかな。もうそういうの、わすれちゃったかな。わたしの部屋に入ってこないで。押し入れの中は、薄暗い思い出でいっぱいだから。今日もたくさんの思い出に殺される。

黒く絵を塗りつぶして、大人になる

今日も黒く絵を塗りつぶした。うまくかけなくて、絵が見えなくなる迄塗りつぶす。

ノートは黒く塗りつぶされた絵でいっぱいだ。今迄もそうやってきた。そうやって、わたしは大人になった。

テレビの明かりだけで過ごしている。まぶしくて、カーテンのすきまから見える今日という日を受け入れるのを、拒んでいる。明かりをつけて、今日という日を迎え入れるのを、拒んでいる。

昨日は何をして、何の服を着て、何を食べたっけ。毎日、同じことの繰り返し。やることがないから、恋愛をして、やることがないから、日記を書いたり、する。

ずいぶん昔のことだけれど、わたしが閉じこもってから7年経つことに気づいた。家からでない、という意味ではなく、(実際あまりでていないが)何を閉じ込めたかというと思想を閉じ込めた。経験や勉強は穢れだと思ったから、思想を閉じ込めた。いっさい情報に触れず誰とも接触しないようにした。傷つきたくないからという、自分かわいさで。あのときからわたしは全く変わっていない。もう7年か、とおもうほど、季節が過ぎ去るのが早い。時間が止まっている。季節だけが、わたしを通り抜けていく。

それをやめられる日を待っている。見えない敵と戦っている。冬はまだ長い。また絵を黒く塗りつぶした。

女はバカのほうがいい

と言ってるひとがいた。

元彼が新しい彼女のことをあの子はバカだから、と言っていたのを思い出した。