キモい

好きな人には好きになってもらえない、あるいはその要素を持ち合わせていないくせに都合のいい女と思われて泣いている自分、キモい。元々、生きることに執着がないのでイクときはボキッとイキそうになる。一時間半以上男の家から歩いて、たどり着いた橋の上で、錆びた手すりに手をついて下を見下ろしたとき、「なんだ、この程度なら死ねないや」とおもったあとで、以前、10階の窓から下を見下ろして「この程度なら確実だけれど流石に怖いな」ということをおもったことを思い出して、いつになったらわたしは死ねるのか、あるいはこの"だましだまし"を止めることができる時が来るのか、ということを考えてた。結婚したらそういう風に思うことがなくなるのか、子供を持ったらそういう風に思うことがなくなるのか、それならば結婚出産してみたいそうおもってた、だけれども、男に体を迫られるような女なので、わたしはその程度の女なのかだとしたら、そんなことできないかなわないだろうし、もしも今回のように体を迫られるみたいな同じようなことがおきたとして、言いたいことを言えるつよさをわたしは持ち合わせていないと思う。それに、わたしは最後「ご期待に添えなくて本当にごめんなさい」というようなことを相手に言ってしまったことへ、自己嫌悪を感じていることもあり(そこまで相手に気を使うか?あるいはそう見せかけのような嘘をついてまでいい面してしまう自分キモい)、とにかく自己嫌悪でいっぱいで、自分がキモくて自分が生きていることがキモくて自分がそこまでしてそこまでされてまで生きようといていることがキモいとおもっている。好きな人には好きになってもらえないだろうし、そもそも好きだ、と伝えたことですら無責任で、自分のようなゴミクズ女が好きです、と伝えることは責任が伴うことでそれはなぜかというともしも万が一の確率でお付き合いに発展したとして、このゴミクズ度合いで付き合うということになるから、と、そういうすら考えてすらいなくて、無責任で、軽率で浅はかで、申し訳ない、独りよがりの自己チューでしかなかった。好きな人には好きになってもらえない、あるいはその要素を持ち合わせていないくせに都合のいい女と思われて泣いている自分、キモい。

死ぬまでロマンチスト

となりにきみが眠っている。その呼吸がわたしを苦しくさせる。かわいくなりたいしきみの"すき"の対象でありたいからチープなおまじないを信じて恋が叶うという口紅を塗るのだ。かわいいといわれたい、すきといって触れたい、触れられたい、そんなありきたりであり苦しくてせつない思いは叶わないかもしれない。こんなにも近くにいるのに!"思い出した。これが恋だった。"そんな小説の一節に自分を重ねて、口紅を重ねて。バーイ、平成最後の夏♡